手塚治虫が創設した虫プロダクション制作の「大人のためのアニメーション」の第三作。「アニメラマ」と表される「千夜一夜物語」「クレオパトラ」に続いて制作され、「アニメロマネスク」というキャッチフレーズで公開された。原作はジュール・ミシュレの「魔女」という作品とのこと。デザインにイラストレーターの深井国を迎え、実験的な手法、表現によって稀に見る芸術的なアニメーションとなっている。
傑作、と言っていいかどうかわからないが、一度見た人は絶対に忘れられない作品であることは間違いない。
- 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
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以下ネタバレあり。
まず一言で言って、エロい。とにかくエロい。「大人のためのアニメーション」という言葉から想起されるイメージ以上にエロい。R指定どころか18禁になりそうなぐらいエロい。隠喩から直接的な表現まで様々なエロスが散りばめられていてひたすらエロい。エロくないシーンでさえエロい。しかもけっこうエグい。終始エロで埋め尽くされているにもかかわらず、「愛」によるエロはほとんど描かれていない。またうまく説明できないのだが、エロいといっても、見ていて興奮してくる類のエロさとはまた違う。
しかしそこはそれ、作品としての完成度が高いゆえに、単なるエロアニメでは終らない。アニメーションというよりは「動く絵画」と言いたくなるほどに各シーンがとても印象的に作られている。今作ろうと思っても、エロうんぬんを除いても、いろんな意味で絶対に作れない作品のような気がする。
さすがに私が生まれるよりも以前に公開された作品だけあり、少々古臭さは拭えない。しかし後にも先にも、こんな手法や内容やコンセプトで公開されたアニメ映画はおそらくない。そういう意味では新旧を問うこと自体ナンセンスなのかもしれない。絵巻物のように静止画を流すだけのシーンや、動かない絵でセリフだけが進むシーンもある。しかし一方で、動くときにはグニグニ動く。いや、蠢く。そのぬるりとした動きがまたジャンヌの妖艶さを際立たせている。
絵を描いている深井国という人についてはよく知らないのだが、挿絵画家のようだ。西洋風の美人が得意な人らしい。この人を起用しているために、虫プロの作品にもかかわらず手塚治虫っぽさがほとんどない*1。絵柄は「動くビアズリー!」という感じ。ビアズリーやクリムト、ミュシャなどの19世紀末から20世紀初頭のデカダンスやアールヌーボーの影響を強く受けているぽい。よくこれをアニメにしたなあ、と思うほどアニメらしくない絵柄。だからこそ描き出せた妖艶さ。偶然なのか狙ってなのかわからないが、そういう異質さがまたこの作品の魅力になっている。
少しだけ苦言を呈せば、少々冗長な部分が目についた。本題とあまり関係のない黒死病のシーンが長すぎる。またジャンヌが荒野で悪魔に身をゆだね、いきなり手塚チックな絵で現代の景色が出てくるシーンは唐突過ぎてちょっと冷めた。
ストーリーは先にも述べた通り原作付き。中世の身分社会の世の中で翻弄される一人の美女の物語となっている。領主が娘の処女を奪う権利を持つ処女権に関するエピソードや、疎ましい人間を魔女に仕立て上げて駆逐する様などが描かれてている。最終的にそれらの理不尽な社会が人々の・・・特に女性の憤りに火をつけ、フランス革命に導いた、というようなラストになっているが、これはちょっと強引かなあと思った。ジャンヌが火あぶりで殺されて、余韻を残して終ってもよかったかも。
しかしジャンヌの不幸はひとえに、ジャンを旦那に選んでしまったことにあるような気がする。ラストシーン以外には男気らしい男気も見せなかった。金がないときはジャンヌに食わせてもらい、ジャンヌのおかげで職を得て今度はその金でアル中に。ジャンヌが魔女として追われているときにはジャンヌを売るようなマネをし、領主に騙されてジャンヌを村に連れ戻して・・・、っていいところ無し。まあ、身分制度が厳しい当時ではどうしようもなかったのかもしれないけれど。
ジャンヌは社会に翻弄されると同時に、男根の形をした悪魔にも翻弄される。親指ほどの大きさだった小悪魔は最終的には山のような巨大な悪魔となり、ジャンヌは荒野で悪魔に身を委ねてしまうのだが、果たしてこの悪魔は実際に存在したのだろうか。悪魔を見て、言葉を交わしたのはジャンヌ一人である。これはあるいはジャンヌの中に巣食うもうひとつの心・・・だったのかも。
そしてジャンヌは悪魔に身をゆだねる際に「悪いことがしたい」と言っていたけど、たいして悪いこともしてないどころか人の命を救ったりもしている。せいぜい人々を呼び寄せ乱交騒ぎを起こしたくらい。ジャンヌの渡した薬によって領主の妻と小姓が死んでしまったが、あれは不可抗力だし。けっきょく魔女らしいことは特にやってないような気がするが、果たして。
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予告
*1:そもそも手塚はこの作品には参加してないのだが。