コトバノウタカタ

よしなしごとをつらつらとつづるばしょ。

フランダースの犬 最終回

フランダースの犬(13) [DVD]
ネロはおじいさんやお母さんのいる遠い国へ旅立ちました・・・。


見てしまった。見たくなかったのに。ネロとパトラッシュの最後を見届けてしまった。

ラストシーンはよく特番で見かけるが、そこまでの経緯を見る機会はあまりなかった。子供の頃に見たとは思うのだが、もう20年も前のことなので覚えていない。どういう経緯であんな純粋な少年が死なねばならなかったのかずっと疑問だったが、それが氷解した。でも知ることによって余計にすっきりしない気分になってしまった。最後2話しか見ていないが、その流れを簡単に。


  1. おじいさんが死んで、ネロはひとりぼっちに。パトラッシュだけが供に。
  2. お金がなく、クリスマスには家を出て行くことになっていた。
  3. 最後の望みとして出展したコンクールで落選。
  4. 食べる物もなく、お金もなく、パトラッシュの食べ物を探して雪の中を徘徊。
  5. アロアのお父さんが落とした大金を拾う。(この時点では、アロアのお父さんはネロを絵ばかり描いている貧乏な少年として疎んでいる)
  6. ネロ、その大金をアロアの家に届ける
  7. アロアとお母さんは喜んで、ネロにご飯を食べていくよう勧めるがネロはいらないと言って断る。かわりにパトラッシュに食べ物をとお願いする。
  8. パトラッシュ、疲れ果てて暖炉の前で寝てしまう。
  9. ネロ、用事があるといってアロア宅を出る。
  10. ネロ、家を明渡すために、家財を整理し、何も持たず家を出る。外は吹雪き。
  11. アロアのお父さん、家に帰りネロがお金を届けてくれたことを知る。ネロに辛く当たったことを後悔。
  12. 風車小屋のおじいさんが来て、風車の家事はネロの仕業ではないと告げる。(ネロが火をつけたと噂になっていたらしい)
  13. ドアが開いた隙に、目を覚ましたパトラッシュが外に逃げていく。
  14. ネロによくしてくれていた隣のおばさん(遠くに行っていた)がネロの家にクリスマスのお祝いをするために訪れるが、ネロはいない。
  15. おじさん(誰だかよくわからん)が、ひとりぼっちになったネロを引き取るためにとネロの家に来る。
  16. アロア一家がネロの家に到着。
  17. ネロの友達と、画商と名乗る男がネロの家に到着。ネロの絵をいたく気に入り、ルーベンスの後を継ぐ者だと言う。
  18. みんな総出で吹雪の中ネロの捜索。
  19. ネロ、街にたどりつき、ルーベンスの絵のある教会に入る。
  20. いつもカーテンで隠されている絵を見てネロ満足。「もう思い残すことはないよ」と床に倒れ込む。
  21. ネロの脇にパトラッシュが来る。「僕を探して来てくれたんだね。いつも一緒だって、そう言いたいんだね」
  22. ルーベンスの2枚の絵を見られて、僕は今すごく幸せだよ」「パトラッシュ、僕はなんだか疲れちゃったよ。すごく眠いんだ」*1
  23. 天使舞い降りる・・・。

なんというか、ほとんどネロは自殺ですやん。

おじいさんが亡くなり、コンクールに落選し、もう完全に生きる気力を失っている。生き延びるためのきっかけはたくさんあったのに、それを自ら潰していっている。アロアの家で食事を食べていれば、もう少し長く休んでいれば、家を出るのがもう少し遅ければ、いろんな行き違いがすべて裏目に出ている。ここでネロにもう少しだけでも生きる気力があれば結果は変わっていたのに。

そもそもネロの言動からして、「もう死にます」を暗示しているものが多かった。「おじいさん、僕はどこか遠くに行くよ」とか「アロア、さようなら」とか、はじめから死ぬことを覚悟しているとしか思えないことばかり言っている。それは「生真面目ゆえ」を通り越して、明らかに「死に向かっている者」の言葉だ。生きることを諦めた者の言葉だ。

あと1日、あと1時間あれば、誰かが少しでも手を差し伸べてあげれば。誰かのささいな何気ない手助けが、あるいはネロの命を救ったかもしれないと思わせる。それは演出のうまさと言えよう。

しかし実際にはネロは死ぬ。その死に行く姿はあまりにも救いがない。けっきょく「真面目な貧乏人は努力しても無駄、死ぬしかない」という現実を突きつけられているようで辛い。

せめてもの救いは、ネロが最後にルーベンスの絵を見ながら、幸せなまま旅立っていったということだろうか。最後が悲壮な雰囲気で終わらず、笑顔のネロとパトラッシュで終わるところは、子供アニメとしての最後の優しさと受け止めるべきだろうか。

辛いけど、切ないけど、いろいろ腹立ったり、納得いかなかったりするけど、最後の2話だけ見てもこれだけ感情移入できるってことはやっぱり名作なんですかね。

追記

引用です。

最後のナレーションでネロはお母さんやおじいさんと一緒に、悲しみやおなかがすいたということもなくいつまでも楽しく暮らしましたっていうような事をいってたけど、心の中で違う!と思っていた。死ぬっていうことを美化しすぎじゃないかなぁ。一生懸命生きてこそ幸せに暮らせるのであって生きようとしていない者に死んで楽しく暮らせるということはないだろうと思う。

ああ、そのとおりかも。私も最後のシーンには微妙に違和感を覚えてたけど、「子供のものだから」と見過ごしていた。確かに生きる気力を失って死んじゃったのに、それで幸せになったって言っちゃあダメだよなあ。パトラッシュも道連れだし。

関連サイト

*1:台詞は曖昧です。