コトバノウタカタ

よしなしごとをつらつらとつづるばしょ。

ホムンクルス

ホムンクルス 4 (BIG SPIRITS COMICS)

久々に新しい漫画に手を付けた。しかも本屋で眺めていてジャケ買い。こういう買い方は本当に久しぶりだ。

しかし読んでから気付いたが、この作者は「のぞき屋」を書いていた人。「新・のぞき屋」は中古で全巻揃えていたのだが、絵柄がかなり変わっていて気付かなかった。ちなみに「殺し屋いち」は持っていない。あれはちょっとドギツ過ぎる。

内容にも触れるので隠し。



車上でホームレス生活をしている男。浮浪者の中にも入れず、かといって一般人の世界にも戻れない中途半端なところで生活を続けていた。しかし男の有り金もいよいよ尽きてしまい、車のガソリンを入れることさえできなくなってしまった。そこへ不審な若者が現れ、実験に協力して欲しいと言い出す。若者は「トレパネーション」という頭に穴を開ける手術を受けてくれれば70万円を支払うという。一度は断る主人公だが、貧窮の苦痛に耐え切れず、若者の手術を受けることにした。
手術を終えた男は、右眼をつむると人間が化け物に見えてしまうようになってしまった。若者の話ではそれは「ホムンクルス」と言われるものであり、人間の心の姿を視覚的に見ているのだという。


こんな感じで物語が進む。「のぞき屋」などに比べ、展開が非常にゆっくりしている。また1、2巻こそ台詞が多かったものの、3巻以降は台詞の量が極端に減り、「絵で語る」描写へと移っていった。人の心を視覚的に見る。それが漫画という媒体を使って非常に上手く表現されている。話のテンポはゆっくりだが、冗長だとは感じない。むしろその悪夢を描いたような描写が、本当に精神的に参っている人の見ているもののようで、それでいて本当に人の心の表出のようで、非常に巧みだと思わせる。ゆっくりだがしっかりと描写されているという印象だ。最初はただの化け物だと思っていた人間の異常な姿が、実は心の傷の表出であるとわかったとたんに、違う意味を持って見えてくる。単に奇妙なものを描くだけではなく、そこに意味を持たせて描くことによって深みを増す。そういうことをスラリとやってのけている。トレパネーションと人の心の視覚化、そして怪物、これらを結びつけるセンスだけでも凄いと思う。

具体的な内容に突っ込んでみよう。車上で生活する「スーツホームレス」の主人公。働けないのか働く気がないのか、過去についての詳しいことはまだ何も語られていない。ただ彼がホームレスで金がなく、かつ不安定な立場にあって多くの暗い過去を抱えているっぽい、というところが物語りに上手い具合にからみついてきている。頭は切れるがいかんせんやる気がない。そして誰も信じようとしない。冷めた目で世間や人間を見、自分の命に対する執着さえ薄いように見える。しかし一方で苦しんでいる子供を放っておけない。お節介というよりは、そこに自分の姿を重ねてみているといった様子。やる気のなさとダメっぷりではいままであまりないタイプの主人公と言えるだろう。

一方で、トレパネーション手術を行った医学生のボンボン。奇抜な格好をしているが、それはどこか弱い自分を姿かたちで誤魔化しているといった感じ。知識はあり、判断力もありそうだが、どこかでネジが一本抜けている。強がってはいるが、しかし大きな弱さを抱え込んでいる人物。

この二人のつかず離れずの関係が面白い。お互い疑いつつ、しかしお互いがお互いを必要としている関係。主人公にとって若者は信頼できない相手だが、自分が置かれている立場の唯一の理解者。一方で若者にとって主人公は単なる研究対象でしかないはずだが、しかし彼が抱え込んでいる心の問題を解決してくれる糸口を持った存在。そういう矛盾したアンバランスな関係が今後どうこねくり回されていくか楽しみだ。


ストーリーについても少し。1巻丸々導入だったのにはちょっと驚いた。1巻の半分くらいまではまるで核心には触れないホームレス生活の描写。ここで主人公の性格や現状についての説明が遠まわしに行われている。以前の彼の作品に比べ、非常にゆっくりとしたペース。

ヤクザの親分の「ロボット」の話。最初は読者も、主人公自身でさえもわけがわからない、ロボットの姿と子供、そして「自分の小指を切る」行動。それが実は「心の傷の視覚化」であることへの誘導。少々コテコテな感はあったが、「ホムンクルス」がどういうものであるかを見せる導入としては分かりやすく、適していただろう。

次の女子高生の話。まだ話途中なので評価はし辛いが、砂でできた変形する人間というイメージと、その変形の描写が、夢に出てきそうなくらい不気味で印象的だ。医学生との駆け引きや、その後の「砂ではない」展開など、非常に面白い。まるで心理戦での決闘を見ているようだった。今作では極端な性描写を控えているという点でも評価できると思う。もちろん、今後はどうなるかわからないが。

ふと目を止めて買っただけの作品だったが、なかなかの当たりだと感じている。世間的には「殺し屋いち」のイメージが強く、それに比べて展開がおっとりゆっくりなので低く評価されることが多いようだが、私としてはこのくらいの方が面白いと感じた。また絵のクオリティも「新・のぞき屋」の頃に比べて格段に上がっているのでその点も評価したい。

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