コトバノウタカタ

よしなしごとをつらつらとつづるばしょ。

シガテラ

シガテラ(1) (ヤンマガKC (1193))
古谷実の漫画を読むのが怖い。もちろん、暴力や絶望に対する直接的な恐怖や不安はある。特に前作の「ヒミズ」の救いようのない絶望感の印象が強い。あの物語の全編に流れる重たい空気がいまだに心の底の方にどんよりとたまって古谷実を拒否しているような気がする。しかしそれだけではない。

彼の描く作品は、「稲中」であれ何であれ、酷く非現実的でいながら、どこか現実的なのだ。とんでもないキャラクター達ととんでもない出来事。しかしそこに描かれる人間関係や心の動きにふとしたリアリティが込められている。そのそこはかとなさが、真正面から恋愛を描いた漫画などよりもよほど強い「心残り」を読者に与えるのではないかと思う。100%の本当よりも、嘘と本当を織り交ぜることにより、より強く人の心を揺り動かすものなのかもしれない。

とにかく読後が重い。古谷実の重さは現実の重さなのだろうか。それとも自分の心の醜さの重さなのだろうか。ありてい言ってしまえば、羨望、嫉妬、懐古、欲情、背徳、罪悪感、正義感など。善悪の感情が入り乱れた、いやそもそも善悪さえ判断することのできないドロドロとした自分自身の気持ちや情念がつつかれているようで、不安定になる。


そして、現在進行中の作品「シガテラ」である。まだ「ヒミズ」のトラウマが強いので買うのにしばし躊躇した。帯を見て重いことは想像できた。読みたくない、でも読みたい。そんな些細な葛藤の末に1巻を購入。その後本屋に通って一気に最新刊まで購入、読破してしまった*1

冴えないいじめられっこ高校生の主人公。しかしそんな彼がバイクに興味を持ち、それをきっかけにびっくりするほど美人な彼女が出来てしまうという話。


以下、ネタバレ注意。



序盤。読みながらずっとぞわぞわ。いじめられっこではなかったが、あの年頃のもてない若者の女性に対する恐怖感と憧れのようなものは非常によくわかる。当然綺麗なおねーさんに気に入られるなんてことはなかったわけだが。まあ言ってしまえばあの話は「あの年頃のもてない男が妄想する理想的な恋愛そのもの」なのだ。ぞわぞわしない方がおかしかろう。

この辺り、こういう言い方をしてしまうと陳腐だとは承知しつつ言うが、「電車男」を思い起こさせる。突然の出会い、掛けられない電話、思いもよらない相手からの好反応。元ネタがどちらか、などと言いたいわけではない。ただ「ヘタレ男の恋愛劇」という点において、電車男を追跡していたときと同じジレンマや羨望を覚えたという話。

しかし一方で、「幸せを得る」ということは、「失う不安も得る」ということだ。主人公の周りには目に見えない暴力的な危険が付きまとう。そういう「日常に潜む非日常」の不安が主人公の周りをかすめていく。1〜3巻までは主人公の側で危険が発生していたが、4巻ではガラリと変わり彼女の側に危険が迫ってくる。

しかし前作と違い、絶望的な線はぎりぎりで回避していく。それは事件が最悪の方向へ進まない、ということもあるが、主人公と彼女のすっとぼけたキャラのおかげでもあるだろう。稲中テイストなハイテンションなギャグが、場を和ませ絶望を回避している。前作が暗すぎた反省からだろうか、このあたりの飴と鞭の使い方が非常にうまくなっていると思う。

とはいえ、何事もなく丸く収まっているように見えて、実は毒が着々と蓄積されているのではないか。いつ毒が致死量を越えるのか・・・。怖い。


3巻でクローズアップされた、「いじめられっこへの制裁」について。いじめられた経験のある者は、きっといじめている相手に対してこういう制裁を加えてやりたい、などと一度ならずも考えるものだろう。しかしそれが実際に実行されたときの凄惨さ。主人公やその友人をいじめ続けていた谷脇だが、監禁され耳がそがれるような事態になると、「そこまでされるほど酷いことやってないじゃん」と思えてくる。けっきょく例え正義を標榜したとしても、その制裁が凄惨であったり理不尽であったとすれば人は嫌悪するものである。凶悪な犯罪者に対しては凄惨な刑罰をなどと思っていた自分の醜い部分を、最も醜い形で見せ付けられたようで、ちょっとショックだった。その後「狼」の生死も明らかにされず、作中では結末についてはうやむやにされている。その結末を考えてもやはり暗い気分になる。重い。実に重い。今回は主人公とは違うところで、生死や罪に対する重さを表現してきていると感じた。なんだかうまく言えないが、こういううまく言えない部分をざくりと掬い上げられたような気分だ。


ともかく続きを読むのが怖い漫画だ。そして怖いけど続きが読みたい漫画だ。古谷実の作品はそんな不気味不思議な感覚に襲われる。といいつつも、一方で稲中テイストが戻ってきているのもちょっと嬉しかったりする。


ところで、3巻の裏表紙、陰鬱な田島の上半身ヌードが書かれているだが、あれはいったいなんだったのだろうか。単なる雰囲気? それとも将来的に田島が火薬庫になるという暗示? しかし本編中にもほったらかしの設定(1巻で主人公に粘着していた女とか)がけっこうあるので、そういう類のあまり意味のないモノなのかもしれない。

商品リスト

シガテラ(4) (ヤンマガKC (1309))
シガテラ(3) (ヤンマガKC (1255))

関連サイト
他の人の書評とか。勝手にリンク貼っちゃってます、スミマセン。

*1:そのあと、中和剤として「isbn:4063405230:title」読んだ。