コトバノウタカタ

よしなしごとをつらつらとつづるばしょ。

不思議な少年

蟲師 (4)  (アフタヌーンKC)
百鬼夜行抄 (11)
好きな漫画家はいろいろいるが、その中でも「こいつはすげー」と思う漫画家が三人いる。「百鬼夜行抄」の今市子、「蟲師」の漆原友紀、そして「天才柳沢教授の生活」の山下和美。三人とも知識はさることながら、物語の流れやキャラを作るのがものすごく上手い。どれも短編の物語が続いていくような話が多いのだが、どんな話も完成度が高く、それぞれがうまく完結し、その上でそれぞれの話がリンクしている。時に切なく、時にほのぼのと、読み終わった後も何か心に残るような作品が多い。

しかし、私が読む漫画は圧倒的に男性漫画家の作品が多いのに、上にあげた漫画家は女性ばかりというのも不思議なものだ。男の書く漫画は、ドキドキハラハラはあるし、爽快感やカタルシスはあるけれど、強い余韻がないのかもしれない。殺して終わり、殺されて終わり、問題解決して終わり。男の書く漫画はそういうパターンが多いのではないだろうか。

女性の描く、特にこの三人の描く漫画は、話中心ではなく、人を中心に描いている。常に人が真ん中にいて、そこに巻き起こる物語を紡いでいくような感じ。物事や人を善悪ではなく、「ただ在るもの」として描く。だからこそ、物語に深みが生まれ、余韻が残る、のではないかと思う。ああ、上手く説明できない。良いものがどういうふうに良いのかを説明するのは難しい。


不思議な少年(1) (モーニングKC (772))
まあともかくそんなわけで今回書きたいのは、山下和美の「不思議な少年」について。

どこからともなく現れる金髪碧眼の少年が見た人間の営み。それは醜くも美しく、そして愚かで愛しい。時代も舞台もさまざま、終戦直後の日本、19世紀末ロンドン、戦国時代、ギリシャ時代、時にはどことも知れぬ超未来。少年はいつも同じ姿で現れ、それぞれの場所で生きる人々にわずかばかりに干渉しながら、その営みを観察していく。裏切り、欲、憎悪、背徳、殺人、嫉妬・・・・・・さまざまな人間の醜い部分に半ば諦観した目で眺めていく。しかし「人間とは所詮こんなものだ」と言いつつ、それに興味を持ってやまない。

ちょっとネタバレで書くと、少年は時に天使となり、ときに菩薩となり、時に家族の一員として、ときにただの少年として人々の前に現れる。神通力で花を咲かせ、水の上を歩き、不老不死。卓越した知識を持ち、そして人間の浅はかさをあざ笑うかのような笑みを常にたたえている彼。彼は天使であり、菩薩であり、そして悪魔。その彼の一言である者は人生を大きく変え、またある者は罪を犯す瞬間に自らを振り返り踏みとどまる。

少年は人間を超越した存在で、常に冷静な人物として描かれてはいるが、絶対的な存在ではなく、人の営みに心を動かされたり、良いように裏切られることをどことはなく期待しているような素振りも見せる。物事を目前の善悪ではなく、その人なりにしっかりと生きたかどうかで評価しているような。

そんなお話。ああだめだ、やっぱりうまく説明できない。興味ある人はとにかく読んでくれ。


不思議な少年 (岩波文庫)
この物語のモチーフとなっているは、マーク・トウェイン著といわれる「不思議な少年」に違いない。トウェイン版の「不思議な少年」はこんな感じ。

ある日突然現れた美少年サタン。サタンは自分は天使で、悪魔の王サタンの甥にあたるという。悪魔の王サタンも元々は天使だったので、その親戚である自分が天使であることに不思議はない、と。

サタンは不思議な力で、土くれで作った小さな人形に命を吹き込む。土くれは次第に数を増し、社会を作ってゆく。そして派閥を作り、戦争をはじめた。それを嘲りの目で見ていた少年サタンは、板切れで土の人形をすべて押しつぶしてしまう。「なんでそんなことをするんだ」と問うと、「これは僕が作った土くれだ、潰してしまってなにが悪い」と平然と言ってのける。

あるいはサタンは、未来を予知し、主人公の友人が河で溺れて一生苦しむような障害を持ってしまう、と聞く。主人公はサタンに友人を助けてくれるよう懇願する。その願いを聞き届けたサタンは、その友人を殺してしまう。「一生苦しむくらいなら死んでしまった方がいいだろう。僕は彼を解放してあげたんだ」とサタンは平然と言ってのける。

そんな話。

トウェインは敬虔なクリスチャンだったらしい。それゆえに、人が神の名を使って作り出した教会や、神頼みのような信仰に常に疑問を感じていた。神が本当に絶対的な存在であれば、神が人などをいちいち気にかけるはずなどない。そういう思想が、「不思議な少年」に込められていたと思う*1。彼は神を愛したがゆえに、人が神の姿をゆがめていくことが我慢ならなかったのだろう。

山下和美の描く「不思議な少年」は、このトウェインの「不思議な少年」にインスピレーションを受けて作り上げたものに間違いない。それを山下和美流に噛み砕き、よりわかりやすく、また様々な舞台の物語を用意して、人の愚かさ、愛おしさ、強さ、弱さ、たくましさを描き出しているのだ。

彼女達の作品を読むたびに、私にもこんな発想力と構成力があったらなぁ、と思う。

商品リスト

*1:ただし、「不思議な少年」は実はトウェインの著書ではないとの説もある。その物語の元となる「不思議な少年44号」はトウェインが書いたものだが、その後の「不思議な少年」はトウェインの作品や言説を組み合わせて後に他人が作ったものであるというのだ。これを聞いたときは激しくショックを受けたものだ。それでも私はこれをトウェイン作品だと思いたい。