コトバノウタカタ

よしなしごとをつらつらとつづるばしょ。

山南敬助死す

昨日、ビデオ撮りしておいたNHK大河ドラマ新選組!」を見た。さまざまな掲示板や日記で感想は語り尽くされているようだが、それでも書かせて欲しい。

夢に見るほど強烈な印象を受けた。新選組総長、山南敬助の死。それが史実と逸脱しているとか、フィクションであるかどうかとか、そんなことはどうでもいい。演出過剰かどうかとかそんなものもどうでもいい。ただ見て、激しく強い印象を受けた。悲しい、というのとも微妙に違う。そもそも私はドラマなどを見て泣いたことのない性分なので、昨日も泣くことはなかった。ただ、辛く切なかった。山南さんが壬生に帰ってから、最後まで、我知らずずっと身体に力が入っていた。切腹のシーンを見ているときは、自分の腕を力を込めてぐっと掴んでさえいた。いつもはわりとだらだらと見ていた新選組だったが、今回ばかりは最初から最後まで、ずっと画面に釘付けで後ろを振り返る余裕さえなかった。(そのせいで、相方が泣いているのに気付かなかったのは少し残念だが)

見ていた者の多くは「何故戻ってきたのか」「何故逃げないのか」と思っていたことだろう。実際うちの相方も「逃げればいいのに!」と痺れを切らしたように呟いていた。しかし山南さんは、「逃げるため」に脱走したのではなく、「自害するため」に脱走したのではないかと思う。捕まったときに腹を切る覚悟を持った脱走というよりも、捕まることを前提とした自害するための脱走、だったのではないか。どこで捕まるかはともかくとして、結果として自らが死に、新選組により強い結束をもたらすことが目的だったのではないか。

では「より強い結束」とはなんだろうか。先週が終わった時点では、「厳しい法度の愚かさ」を体現するために自ら死を選んだのかと思っていた。しかしそうではないようだった。むしろ「仲間に対して厳しく接することにより、組員たちに幹部の覚悟を見せよ」という表れのような気がした。自分の居場所がない、というのも理由のひとつだろう。山南さんが組内にいることで、軋轢が生じているのも事実だった。山南さんはそれが絶えられなかったのだろう。自らが障りとなるならば、自らを滅して隊の秩序を保とう。そういう考えもあったのかもしれない。ともかく、自らの死で皆がそれぞれに何かを悟って欲しい。そういう死に様だったように思う。

物語に考察をほどこすのはあるいは愚かな行為なのかもしれない。史実を元にしているとはいえ、しょせんは作り話。本当の人間が死に向かい合ったときのような奥深さや絶望感は表現できないのかもしれない。それでも、激しく強い印象を見るものに与え、多くの者が涙した。最近どんな物語り中で人が死んでも、さして心を動かされなくなっていたが、今回ばかりは違った。「死ぬな」「なぜ死なねばならん」「死んでどうする」「あなたが死んだら新選組どうなる」と、何度も心の中で呟いていた。

他の登場人物の山南さんへの気持ちや態度もまた心に残った。逃がそうとする者、ただ無念に打ちひしがれる者、何も語れない者。特に敵対していたと見えていた土方歳三の切腹時の涙と最後の泣き顔が強かった。たぶん土方は山南に対して近親憎悪と劣等感の両方を持っていたのだろう。近藤勇のブレインとしての近親憎悪。そして侍と農民、エリートと田舎者、という劣等感。ゆえに山南を煙たがるような態度や敵対するような素振りを見せていた。それでも、土方は山南を認め、その力を必要としていた。新選組の中で、土方は交感神経、山南は副交感神経の役割を果たしていた。ゆえに意見の相違は当然出るが、お互いになくてはならない存在でもあったのだと思う。

「土方は前回、永倉の謀反のケジメとして建白書を書いた組員に自害を申し付けた。そのくせに今回の山南の自害で悲しい顔を見せているのはおかしい。けっきょく自分の身内の死は悲しいのか」という感想もあった。しかし、それはそのとおりだと思う。むしろ前回の自害申し付けは、「山南を殺さない」ために替わりの者を殺した、と言えよう。その善悪はともかく、前回を見て「ああ、土方は山南さんを殺したくないんだ」と思っていた。

土方の中には山南を追い込んだのは自分である、という気持ちも強くあっただろう。「いままで追い込んでおいて、今回だけは山南を助けようとしているのは違和感がある」という感想もあったが、そうではなく、「そこまで追い込むつもりはなかった」というところではないかと思う。子供が気になる相手にきつく当たるような、そんな感じ。それが予想以上に山南を追い詰めていた。それが最後の泣きシーンに繋がっていたように思う。

最後の泣き顔は、人によっては「笑えた」と評価していた。確かにすごい顔だったが、それゆえにあのシーンは土方の辛さの爆発をよく表現し、本当に強く心に焼きついたのではないかと思う。山南さん役の堺雅人もかっこよかったが、山本耕史もかっこよくて良い役者だ。

そうそう、泣いていたといえば、切腹のシーンで斎藤一が泣いていたのも少し驚いた。「人には感心がない」と言っていた斎藤だが、単に不器用なだけなんだなぁ、なんて思ったり。永倉の謀反の回では「斎藤、告げ口しすぎ!」と、ちょっとイライラして見ていたが。

新選組」は大河ドラマの中では低視聴率で、人気も伸び悩んでいると聞いていた。しかし「友の死」の回を見て「いいドラマじゃん!」と素直に思った。時代考証がいい加減とか、ヅラの線が見えてて見苦しいとか、近藤勇役の香取慎吾が、泣いてるシーンでも涙が出てないとか、殺陣がしょぼいとか、ときどき三谷幸喜ばりばりのギャグが入るとか、まあいろいろ批判のネタは出ている。しかし今回でそんなものはぶっとんでしまったと思う。いままで大河をちゃんと見たことはないが、これだけ「泣けた」という声があがった大河って他にあるのだろうか。そしてこれだけ一人の人間の「死」について長く深く語り、そして見ている者も登場人物も、一人の死をこれだけ惜しんだことがあっただろうか。いや、ただ私が他の作品を知らないだけかもしれないが、それでも今回は歴史に残る一話でだったのではないかと思う。少し言い過ぎか。でもこれほど心を動かされた話というのは久々だ。

ただ不安なのは「もう山南さんがいない」ということである。土方と山南、二大イケメンキャラの片翼が消えてしまって(沖田もイケメンキャラだが、ブレイン二人に比べると少しランクが下がるか)、しかもこれから新選組は敗北と内部抗争の泥沼に落ちていくという。その辛い物語を、山南さん抜きで語っていかなければならないのだ。他の隊士たちも抜けたり命を落としたりして姿を消していくことだろう。最後までどうやってテンションを保つのか、と余計な心配をしてしまう。

はじまった当初はどうなるかと思っていた三谷幸喜新選組だったが、見ていくにつれ、各役者がそれぞれの役にぴったりとはまってきたように思う。たぶんしばらくの間、新選組の各キャラの名前を聞いたときは、このドラマの役者の姿を思い浮かべることだろう。特に山南敬助堺雅人は強烈に脳裏に焼き付けられた。このイメージ、たぶん一生拭えないだろうな。

最後に、NHKの山南さん特集のページと、はてなで見つけた今回の感想をいくつか載せておく。

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